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小学生並みの日記

肩肘張らずに語ろう

【げんしけんの感想1】オタクは面倒くさい。

 

数年ぶりに、げんしけんを読み返してます。

 

げんしけん(1) (アフタヌーンコミックス)

げんしけん(1) (アフタヌーンコミックス)

 

 

ちなみに二代目(10巻~)は途中までしか読んだことないです。

 

当時、個人的には「蛇足だなぁ・・・」としか思わなかったんですよね。新キャラだして、斑目ハーレムにして、何が言いてえんだこれ・・・?って。

人気のある斑目くんをもう一回紙面に持ってきたかっただけじゃないのこれ?

とか思ったりなんだり。

 

 

 

気を取り直して、本題。

今、1~3巻。

 

げんしけん1巻の発売年は 2002年。自分の記憶に残ってる電車男が2年後の2004年。世間では、「オタクって何?コミケって何?」みたいな時期だったんだと思います。

 

自分が読んだのも、中学生ぐらいの時で、はぁ、こんな世界があるのかと。

内容まではあまりピンときてなかったと思います。

 

その時期にあって、「げんしけん」という漫画は、現代社会の迫害民族オタクの文化人類学的フィールドワークと捉えることができます。

(現代といっても、2017年現在は、迫害感は減衰してきてる感じがします。以前は漫画は有害みたいな主張が多かったですが、漫画は日本の文化、クールジャパンとかいって手のひらクルー してるところもありますし。)

 

重度オタクの高坂真琴を彼氏にしてしまったばっかりに、結果的にフィールドワークしちゃってるのが、1巻表紙の 春日部咲 なんですよね。

オタク族ってやつらがいて、そいつらの生態・生活・文化 は実はこんな感じなんですよと。

 

オラオラ系の奴らが通ると、オタクは静かになるとか、こんなあるある描写が面白い。

 

  

げんしけん」はオタクを題材として選び、かなりライトで、楽しく読めるものになってると思います。

しかしながら、作者の木尾士目さんは、もともと4年生とか描いてる人。

人間関係の問題あれこれを主に描く人なんですよね。

げんしけん」はライトな層も惹きつけつつ、ちょっとめんどうな人間関係というところも印象的にうまく描けている。そんな作品だと思うんです。

四年生 (アフタヌーンコミックス)

四年生 (アフタヌーンコミックス)

 

 

 

 

主人公笹原、自分のオタクさを受け入れる

1巻はほとんど笹原が、自分のオタクさを受け入れる話です。

 

オタクに”なる”って、結構葛藤があるんです。

自分のオタクさを、アイデンティティとしてとりこむ、って大変なんです。

オタクだって人間です。自分が恥ずかしい趣味を持ってる自覚はあるんです。

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 どうあがいても、客観的に見たら、キモい。

 

 

でも、「自分はキモいあいつらとは同類じゃない・・・」という根拠のないプライドが必ず出てきてしまう。

自分は例外みたいなふうに思ってしまう。

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非オタでもなく、かといってどっぷりオタクになっているわけでもない。

中途半端な位置にいた笹原は、高坂の部屋に行ってあることを自覚します。

「俺に足りないのは覚悟だ」

 

非オタとオタクの境目、地割れのような境界を越える。

非オタの殻を破らなければならない。

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覚悟のあとは行動です。

 

突き抜けるんだ! 笹原! って感じ。

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この独り言がいいですよね。

オタクらしい行動をとる自分を、冷静に眺めている自分がいるんです。

「俺は同類じゃないとか思ってるオタク」という過去の自分見ては、「おいおいそんなんじゃダメだろ!」と独り言を言う。

確実にオタク側の方へ重心がうつってきてますね。やったぜ!笹原!

 

 

そして、1巻まるまる使って、笹原は自分のオタクを受け入れることができます。

こういうの、なんていうんでしょうね。小さいことのようにも見えるんですけど、

でも、結構、大変なことなんですよ。これ。

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ついにはモジモジせず、迷いのない欲望を言葉にできる男に。

「(オタクとして)立派になったなぁ・・・笹原」

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自分専用のPCを買った後のシーン。

割りと好きなシーンです。

当時は今よりPCも高かったでしょうね。一国一城の主になった、みたいな感覚、満足感。わかるなぁ。

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オタクは面倒くさい。

自分の抱えている趣味がおおっぴらにできないからでしょうか、友達がつくりにくいんですよ。オタクは。

 

恥ずかしいから、自分の趣味は隠したい。

だけど、寂しいから仲間はほしい。

 

この2つの気持ちの両立に悩むのがオタクなんですね。

 

 

オタク、大野加奈子の部屋に入るシーン。

 

態度では「(オタ部屋も趣味も)絶対見せませんからね!」と言っておいて、

でも、言葉とは裏腹に、そんな恥ずかしい自分を受け入れてほしい。

 

この気持ちを、「扉をしめてるけど、鍵はわざと開けてある。」

という表現に落とし込む。

これ、すごいと思います。

 

 

・オタと非オタは価値観が違う

 

プラモ作成に勤しむオタクチームと、そこに居合わせる非オタ、咲ちゃん。

 

プラモのうんちくとか、愛着とか、オタクがいくら語っても、非オタにとってはうざいだけなんですよね。

価値観が違うから、伝わるものじゃないんですよね。

非オタにとっては、そんなものどうでもいいんだもの。

 

オタクはオタクで、相手が興味がないのに気付かず、語り続けてしまう。

視野狭窄に陥りがちなのも、オタクなのかもしれません。

 

咲ちゃんがプラモを壊してしまうシーン。

大野さんが一週間かけてつくったプラモです。

 

オタクの語りだけじゃ分からないけれども、

大野の涙と、斑目のこの言葉で、初めてその価値観が分かる。

 

咲ちゃんが、オタクをすこし理解する

これ、屈指の名シーンだと思うんですけど、どうでしょう。

 

 

オタクと仲良くなるには?

オタク高坂を咲から奪うため、自分もオタクになれば、高坂にふさわしい女になれる。

笹原妹はこう考えて、オタクになろうとします。

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が、無理です。

笹原妹はコミケに敗北します。

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だって、人種が違うんですもん。

同じ色に染まろうとしても、染まれないものは染まれない。

 

では、どうすればいいか。

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 そもそも、オタクになることは、仲良くなるための必要条件ではないんですね。

 

無理に同じ色に染まろうとするよりも、「こいつらは自分とは違う人種だ」 というところから出発するほうが建設的な方法ですし、仲良くなれる。

 

オタ、非オタに限らず、人間関係を考える時にはかなり有効ですよね、これ。

 深爪式にもこんな話があったような、なかったような・・・。

 

 

 

1~3巻で気になったのは、こんなところ。でした。